「峰寺山西光院」茨城県石岡市*吉生(旧新治郡八郷町)
5位
人気旅行記ランキング千代田・八郷10件中
- 旅行時期 :
-
- 2008/12/13 - 2008/12/13
- (約4年前・1日間)
- テーマ :
- 特になし・その他(観光)
- 投稿日 :
- 2008/12/20(約3年前)
- 写真 :
- 50枚
- コメント :
- 0件
- 交通手段 :
-
- 現地移動 : 自家用車
-
説明版からです【(常陸風土記と万葉ライン)峰寺山西光院(県指定建造物)峰寺として広く知られる西光院は、平安時代初期・大同ニ年(八〇七)有名な徳一大師の開山と伝えられ、はじめ法相宗であったが鎌倉時代に一時真言宗となり、のち天台宗となり、のち天台宗に改宗した。本堂は本県では類例のない懸造(かけつく)りで県の文化財(建造物)に指定されており、廻廊からの眺めはすばらしく関東の清水寺の名に恥じない。この寺の約六米もある立木観音菩薩像は、桧材寄木造の巨像である。なお、境内西方にある球状花崗岩(俗称小判石)は県指定天然記念物である。八郷町】
-
説明版からです【茨城県有形文化財「西光院本堂(建造物)」「木造立木観音菩薩像(彫刻)」峰寺山西光院は平安初期の大同年間、京都から来た徳一法師の開基と伝えられ、もとは法相宗であったが、中世真言宗となり現在は天台宗に属している。峰寺山の中腹にあり、晴天の日は霞ヶ浦より遠く太平洋を望むことができ、眺望絶景の位置にある。…続く
-
自然石の観音像を本尊とするこの寺の本堂は関東の清水寺と呼ばれ、岩棚状の細長い敷地の奥の崖に懸け出して建てられた懸造りの建物で、岩肌に脚柱を建て舞台型を作った上に、桁行三間梁間三間寄棟造り瓦棒鉄板葺(もとこけら葺か)の本体を組んでいる。この本堂は崖の表面に作り出された巨大な石仏の上半身をおおうように作られた珍しいもので、現在の建物は江戸時代末期末期頃と推定されるが、石仏が火災にあっているところから、前身堂が焼失したのが判り、寺院の創立は相当古いとみられる。
-
またこの寺には、立木仏とよばれる十一面観音像が祀られている。これは徳一法師の創建と伝えられ、像内にある元文ニ年(1737)の修理墨書銘札によると、本来ここにあったものではなく、もと山麓*吉生(よしゅう)村の立木山広照院長谷寺に伝来したらしい。像高五九七センチメートル。弁形刻出の天冠台上化仏から腰裳の下四分の一位までがハリギリ材の一木造、頂上仏を柄差し、両臀・両肘矧付け、頭・体部とも内刳りを施し、背板をあてている。像は雨にかかったせいか、像表面が荒れ、当初のノミの痕を見ることは出来ないが、そのずんどうの体躯のとらえ方、後補とはいえ、台座をつくらず自然木の根を矧付けている点など、本来立木仏として造られたことを伝えている。製作年代は平安時代末、十二世紀頃のものであろう。昭和五十七年
三月石岡市教育委員会】*吉は土辺に口
-
遅い紅葉。住職の奥様が来て、ここの気候の説明をしてくれました。下界(里)は霜が降りますが、ここは標高300mですが、霜は降りません。上昇気流で暖かいそうです。「殆んどの方々が寒いでしょう?」と言うそうです。「へえ〜〜」頷く一方でした。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。問題のある投稿を連絡する
千代田・八郷 旅行記ランキングこの旅行記は現在5位 (2票) です。



















































