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 神々の国“出雲”〜冬の風物詩〜日御碕神社の「和布刈(めかり)神事」

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りょしゅうさん 写真

りょしゅうさん
男性
出雲大社の旅行記 : 5
旅行時期 : 
  • 2012/01/27 - 2012/01/27
  • (約3ヶ月前・1日間)
エリア : 
島根県>出雲・大社・平田>出雲大社
テーマ : 
歴史・文化・芸術
投稿日 : 
2012/02/03(約3ヶ月前)
写真 : 
59
コメント : 
4
交通手段 : 
  • 現地移動 :  自家用車

神々の国“出雲”〜冬の風物詩〜日御碕神社の「和布刈(めかり)神事」

「和布刈(めかり)神事」とは、島根半島の西端、出雲市大社町宇龍(うりゅう)地区の人々に伝わる神事で、日御碕神社の社伝によると、成務天皇の6年正月5日の早朝、一羽のうみねこが和布(わかめ)をくちばしに挿んで神社のらんかんに掛けること3度に及んだので、社人がこれを神膳に供え奉ったことから始まる。
和布刈神事は毎年、古式にのっとり極寒の旧暦1月5日に行なわれるが、今年の日本海側の地方は、近年にない寒波というのに何故かこの日だけは晴れていました。



アクセス:山陰道出雲ICから車で35分。JR出雲駅より路線バスで約45分。

旅行記地図

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  • 出雲大社 写真

    「和布刈(めかり)神事」の行なわれる日御碕は、出雲大社の北西約8km。

    車は神話の夢舞台「稲佐の浜」を通り過ぎ、風光明媚な海岸道路をくねくねと走ります。

    久しぶりの冬の青空は、僕にはなぜか眩しく感じられました。

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    そろそろ日御碕という所で、国の重要文化財の「日御碕神社」が遠望できます。

    楼門より左に建つのが下の本社で「日沈の宮(ひしずみのみや)」。
    右側に屋根だけ見えるのが上の本社で「神の宮」。
    勅命により祀られ総称して「日御碕神社(大神宮)」と呼ばれています。
    <祭神>日沈の宮:天照大神   神の宮:素盞鳴尊
       

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    日御碕神社から徒歩10分の断崖に上に、白亜の灯台が建っています。

    石を積み上げて建てられました。
    高さは「東洋一!!」(43,63m)
    世界の灯台100選にも選ばれています。
    また一帯の夕陽の美しさは“北半球一”だとも(笑)。

    200円の入場料を払い螺旋階段を昇れば、展望台から360度の景色が堪能できます。

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    「経島(ふみしま)」
    日御碕神社下の宮「日沈の宮」が、天暦2年(948)に現在地に移るまで鎮座した島で、以来神社境内として、年に一度8月7日の例祭の時のみ、宮司だけがその島に舟で渡ることができる。
     
    「日沈の宮」の名前の由来は、伊勢神宮が日の本の昼を守るのに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守れ」 との「神勅」を受けたと云う由緒によります。

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    日御碕神社後方の経島が望める岸辺は、出雲国風土記に「御前の浜」と記されているところです。

    国の特別天然記念物に指定されている「うみねこ」が戯れていました。


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    うみねこは11月ころ飛来して、4月ごろに産卵し、雛鳥の成長を待って、夏が近づく頃には、親子一緒に島を離れて行きます。

    また魚群の接近を知らせる瑞烏とされ、鳴き声が猫に似ているからこの名がつきました。

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    「宇龍(うりゅう)」の集落。

    かっては北前船の寄港地として賑わいました。


    地理的には半島の西側がうみねこの生息地の御崎地区、東側が和布刈神事が行われる宇龍港。

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    宇龍地区のメインストリートの板壁には、「和布刈神事」の告知文が貼ってありました。

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    宇龍港の駐車場には、和布刈神事の謂われの書かれた案内板が設置されています。
    (拡大して御覧ください)

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    港に付設する漁協では、宇竜地区の婦人会のおばさん(?)方がお世話をやいていらっしゃいました。

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    キスのつみれ汁・・・「美味しそう!」

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    「いただきます!!」

    漁師料理は塩辛いと思っていましたが、すごく薄味だったです。

    地元の人の素朴なおもてなし、

    「だんだん!」

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    「権現島」
    宇龍港内のこの小さな島が「和布刈(めかり)神事」の舞台です。


    2本の旗は鳥居の役目を果たすようです。

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    漁協前には船橋となる6隻の船が・・・。

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    それぞれの船には斎竹(いんだけ)や大漁旗を立て神職の渡島を待っています。

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    午後一時、神官渡御の時刻。

    宇龍地区の区長さんを先頭に、神職や漁協・報道関係者、それに神事役員の方々が、旗の間を通り出発です。

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    神官の足元。

    つま先は透明ビニールで覆ってあります。

    一種の雨草履でしょうか?

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    そして今日の主役は“赤い下帯姿”裸役の若い衆です。



    昔は確か六尺と呼んだ褌を絞めていましたが・・・(笑)

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    出雲国風土記では、この地で海に入り魚貝を捕る者を「御埼(日御碕)の海子(あまこ?)」と記しているので以下海子と呼ばせていただきます。            

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    これから浜と船の間に板橋を架けるところです。

    「寒そー!!」     

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    海子は神職が船橋に安全に渡れるように板橋を架けるのです。

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    「長徳丸」の親方。(地元の人は長徳丸の丸を省き、親しみを込めて「チョートク」と呼びます)
    かっては第1長徳丸、第2長徳丸(約60t)2隻の船主でした。

    この宇龍地区には○○丸という屋号の家が数軒ありますが、それらの家は屋号を船名とし、境港や浜田港を基地にして、昔はかなりの羽振りでした。
    しかし栄枯盛衰。時代の荒波(2度のオイルショック)にのまれ全滅。
    これが日本の沿岸・沖合漁業の現状ではないでしょうか?

    長徳の親方、現在は小舟を操って悠々自適とか。

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  • 出雲大社 写真


    海子衆は、今度は神官が権現島に無事下船できるように長徳丸で島まで先回り。

    僕も長徳の親方に頼んで特別に同乗させてもらいました。

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  • 出雲大社 写真

    本来船橋は、一年十二ヶ月にちなんで、十二隻だとか。それをを船くじで、沖六隻、灘六隻に分けます。
    沖のはし船を沖一番と云い、往路に神職が着座され。
    灘のはし船は灘一番と云い、帰路に着座されます。

    一番船に当たると1年間海難が避けられ、大魚に恵まれるとか。
    しかし近年は漁業従事者が減り、最近は半分の6隻になってしまいました。

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    浜と権現島の間には2本のロープが張ってあり、神職が沖一番の船に着座されると、古来より伝わる祝歌「千代の春」と云う船歌を謡います。

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    そして祝歌に和して船頭以下は、モソロ、モソロ(ゆっくり)とロープを引きます。

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    船板を左右両側左右で支えるため、裸役の人数は本来は偶数だけど、今年は何故か奇数の7人だそうです。

    そのためか海子は海に入って板橋を支えるはずが、今年は小舟の上からでした。

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    権現島に着きました。

    随行のマスコミや関係者は早速カメラを構えます。

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    権現島に渡ってすぐ、神職は長柄の鎌で海中の「わかめ」を刈り取ります。

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    刈り取りが終わると、神官と関係者はわかめを権現島に鎮座する「熊野神社(日御碕神社の摂社)」に供献し、豊魚と海の安全を祈願します。


    熊野神社は島の一番高いところに鎮座します。

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  • 出雲大社 写真

    出雲ではこの神事の終了を待って、わかめ取りが始まると云われています。

    出雲の春を告げる行事かもしれませんね。


    その熊野神社の神事は約1時間。
    長徳丸はその間岸辺まで戻って待機です。

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    漁協前では県内外からいらっしゃったアマチュアカメラマンが、望遠レンズでこの神事を撮していらっしゃいます。

    でも思ったより人数は少なかったですね。

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    宇龍より10km離れた杵築(きづき)地区のディーサービスセンターに入院中のお年寄りも、毎年のようにこの神事を見にいらっしゃるそうです。

    「今年は天気が良くて何よりでした」。

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    約一時間後。

    カメラマン方を尻目に、僕はまた長徳丸で権現島に向かいます。

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    神職方は熊野神社より下りられたようです。

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    神事の終わった神官方が権現島から板橋を渡り船橋にお移りになる様子です。

    本来は海中で板橋を支えますが・・・。

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    帰りも2本のロープを引き、今度は祝歌「初春」を謡いながら浜に近づけます。

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    一方、海子の若い衆は熊野神社に向かい拝礼をし・・・。

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  • 出雲大社 写真


    それぞれ海に飛び込んで行きました。

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    浜でも板橋を架けるため、帰りの船橋より早く着かなくては行けません。

    約50mの力泳「頑張れ!!」。

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  • 出雲大社 写真

    漁協関係者によると海に飛び込んだ7人の内2人が漁師で、他のものはサラリーマンだと云っていました。

    また昔は全員が漁師で、それも選ばれたものしか参加が出来なかったとも・・・。

    その言葉には、少子化と過疎化と水産資源の減少など、現在の業界を取り巻く諸問題が含まれているように、僕には思われました。

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  • 出雲大社 写真


    カメラマンたちは、陸(おか)に上がった裸役の海子衆を待ちかねたようにシャッターを!

    陸から見る人にとっては一番の見所でしょうか?

    赤い下帯が目立ちます(笑)

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  • 出雲大社 写真


    船橋は浜に到着しました。

    そして海子衆の活躍で、神職・関係者も無事上陸なさいました。


    一蓮の神事の終了を祝うかのように、長徳丸の上空にはうみねこが舞っていました。

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  • 出雲大社 写真

    長徳の親方曰く、
    「昔の裸役は16から20歳のわけすばっかだったが(若い衆ばかりだったが)・・・」

    確かに僕らの若いころは、青年儀式の意味合いもあったように思います。

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    現在は30代?が主力。

    それでも海子衆は誇らしげです(拍手!)

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    帰りの駐車場で。

    宇龍はうりゅうと読みますが、地元の人は「うりょ」と云います。
    古代においては宇禮保(うれほ)と云ってたみたいですね。



    「出雲国風土記」には
    『宇禮保浦、広さ七十八歩あり。船二十ばかり泊(は)つべし。』と記載され、古より天然の良港として知られていました。


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    帰りの道路から見る日本有数の漁場「艫島(ともしま)」。
    出雲国風土記には「等々島(艫島)}と記載されています。

    この時期の、潮流の激しいこの周辺で釣れたブリだけを、「艫島鰤(ともしまぶり)」と云います。
    そして「艫島鰤」は江戸時代は幕府への献上品でした。


    “一本釣り”で釣った「艫島鰤」は氷見の鰤に勝るとも劣らないと思います。

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    日御碕への道は、この海岸線を縫うように走る道路一本しかありません。
    いわば住民にとって生命線です。

    かって御崎の村人は、この道路ができるまでは、険しい山道を徒歩かまたは舟で杵築の町まで行ったものでした。



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    「海流館」

    わかめを売っていればと寄って見ました。


    海流館(大社大敷直売所):大社湾の定置網「大敷網」で取れた新鮮な日本海の鮮魚の直売所。
    営業時間:午前9:00〜午後4時
    休日:日曜日(今のところだそうです)

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    店内の様子。

    友人である店長に聞くと、養殖物が2月の中頃から採れ始め天然物は3月の終わりごろからだと云っていました。


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    とりあえず載せました、残り物だと云う1袋。

    干した板わかめは熱いご飯に振りかけたりそのまま食べたりしますが、若干の塩気と甘さに、なんとも云えない海の風味が感じられます。

    日御碕地区で採れた本物の[板わかめ]ならお土産には最高だと思いますし、僕もこの店で仕入れて贈答に使っています。

    地元大社町の人は、味噌汁に入れる生のわかめは、海に行けばいくらでも取れるから無料(ただ)だと思っています(笑)
    因みに地元の年寄りは「わかめ」のことを「めのは」と呼びます。

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    日御碕の中山地区で採れた天然岩海苔。

    大社地方では十六島(うっぷるい)のように、半乾きのかもじ海苔ではありません。板海苔だけです。
    相場も大分安いようです。一袋に5枚入っていますが、重さは20〜30gとまちまち。
    田舎のおおらかさでしょうか?(笑)

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    鮑やサザエの生簀。



    ※ここで買った魚貝を、1,5km離れた寿司屋に持込み、有料で捌いたり、握ってもらうことも出来ます。

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    大社縁結びぶり?・・・美味しそうには思いませんね。

    ・・・やっぱり「艫島鰤」でないと!!

    こんなことを云ったら叱られそう(笑)

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    天日干しのレンコ鯛

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    天日干しのエテカレイ。
    正真正銘の地物です。


    「今晩はこれで一杯!たまりませんね!!」

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  • 出雲大社 写真

    3月下旬。

    ようやく日御碕産の天然板わかめが入荷。
    1把に60cm×32cmの大判が5枚。

    自家用に1把、贈り物用に3把買いましたが、1日たってからもう2把注文したらもう売り切れ。


    今や、わかめ漁師は日御碕ではもう3軒しかいないとのこと、それもほとんどが縁故の自家売りで売り切れてしまい市場には出まわらず、入荷の予定も立たないとのこと。




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  • 出雲大社 写真


    袋の裏に食しかたが書いてあります。




    冷蔵庫に入れておけば湿りません。

    湿ったとしても冷蔵庫に入れれば元通りになります。

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  • 出雲大社 写真

    板わかめは手折ってそのまま食べるか、熱々のご飯の上に載せて食べるのが一番。
    塩気のなかに甘ささえ感じさせる食感には高級感が感じられます。

    他とは違う出雲の海の味覚。この味の秘密皆様には分かりますか?


    間違っても味噌汁の具にしてはいけません!!

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